理解することは伝えること
「セレブな雰囲気の庭にして欲しい。」
そんな要望を受けたとき、どんな庭だろうと真剣に悩んでしまった。
当然自分の庭をセレブにして欲しいなんて言う人はあまりいないわけで、今回はセレブを販売対象にしたある施設の小庭園。
ナチュラル系の雰囲気という方針が決まり、私お得意のところかなと思いきや、「こういうpoorなものは使わないようにして欲しい」と素朴な草花の使用について指摘をされた。
最終的に自分の中で、土の香りのするような世界ではなく、人為的に整備された庭という位置づけで制作し仕事としてはなんとかなったが、自分の中で課題が残る結果となった。
植物自体がそもそも素朴なものだし。
私自信が、質素なことにこそ心の触れ合いが大きく存在し、心が豊かになるという考えが強かったので。
なんとなくそういう方向に傾いていたのだと思う。
自分のことをセレブという人はさておき、身も心も本当に豊かな人と捉えたとき、そういう人が望む庭はどんなものだろうかと考えてみた。
そう考えたとき、すぐにイメージは沸いてこなかった。(それぞれの好みがあるだろうから。セレブななんていうカテゴリーで庭は分けられないと思うけど・・・)
でも、そんな疑問がいいきっかけになりました。
この庭ごころでは、庭の可能性とうたう限り、もっと広く様々な価値感を彷徨わなければならないのです。
自分は大金持ちではないので、実感としては分からないが、リッチな世界に素直に着目しその良さを少しでも知ることも必要だなと思いました。すごく身近なところだけど・・・、普段の服装も出来る限りだけれど綺麗にお洒落するとか。それに、質素がいいと言ったけれど、生死のかかった貧困状態の人にしてみれば、質素がいいなんてことも言えないだろう。
セレブという言葉も曖昧なものですけど。今回は単純に巷の解釈としてのお金持ちの方という意味合いです。
このブログにおいても、どこかでなんとなくストーリーを描いていたのかもしれません。
時々白紙に戻し、自分がなぜその風景に惹かれるのか、もっともっと深く考えなければと思いました。
いろんな人がいて、それぞれいろんな好みで庭を作りたいわけで。だから、出来るだけいろんな人の庭に対する思いを理解したいわけで。そうした上で、自分のいいなと思うことを伝えられたらなと思います。
*今日は写真はなしです。
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