花
すべての人の心に花を・・・。
話はまだ沖縄の続きですが。
初日に国際通りの町をブラブラし、7人くらいで、喜納昌吉さんのライブハウスへいきました。
チャンプルーズの沖縄民謡を聴き、踊ったり(踊らされたり)しながら、沖縄の夜を過ごしました。
店を出るとき、カウンターで本が積まれ販売されており、手に取ると、”全ての武器を楽器に“。
中を開くと、花の写真や宇宙の写真がたくさん。
すぐ買いました。
上の画像。10pと11pの見開き。見てくださいなかなかありませんよ この組み合わせ。 花と宇宙。
植物が一気に神秘的なものとなって捉えられます。
私は植物を対等に感じたいと思っているので、花という言葉に必要以上のロマンチックな意味を持たせませんが、たまに一歩引いて植物の尊さを改めて考えることもいいことかもしれません。
造園業の我々は尊い生命を扱っているのだということを忘れてはいけないと思います。といいますか、そうした感覚は絶対的なものとして備わっています。少なくとも私の周りの関係者は。
神聖な仕事という自覚が重要であり、仕事として植物を扱う上での時に矛盾した行為に対し、常に向き合うことをしてゆかなければならないと考えます。
本に書かれた喜納昌吉さんのメッセージはそれとして(すごいこと書いてある)、これら写真に、花・庭・植物に対する新たな感覚をくすぐられた気分です。
そしてそして、再び場面はライブハウスの出口。この本を手に取り、「すべてのぶきをがっきに」とタイトルを読んだところ、一緒にいたTさんが これは 「すべてのものをがっきに」って読まなきゃ と そう深い意味で言ったセリフではなかったのだが・・・。例えば 永遠にをトワにとか時間と書いてトキとか。
でも、その言葉に反応してしまいました。
喜納さんはミサイルや銃といった武器を意味しているのだけれど、Tさんの言葉をそのまま受けてみると面白い解釈になる。全てのものが武器なんじゃないか・・・。という。
全てのもの。そう 仕事道具にしたって、その鉛筆一本にしてもいってみれば経済における戦いの道具だ。
洋服にしたって車にしたって。
勝ち組負け組み・・・格差・・私の中で Tさんの言葉は、戦争はもちろん、競争社会・市場主義経済に警笛を鳴らし希望を与えるそんなすごい言葉になってしまった。
さんしんの音が今も頭の中で鳴っています。
ということでIN 沖縄終了です。
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